第5章 心の障害_2(4)

●心の障害_2:もう一つの手段

自己嫌悪で自己のイメージを守れなくなった人間にとって、もう一つの有効な手段は他罰的な態度です。

ここで、もう一度、例を挙げて考えてみましょう。

飲酒の上で醜態を見せたのは自分の責任ではなく、嫌がる自分に無理に飲酒に引っ張り込んだ飲み仲間が悪いのであり、さらに、自分のことを理解してくれない周囲にイラだち、たまたま飲み過ぎて、心にもない醜態を見せた、と考えるわけです。

同じように、家族に悲しい思いをさせたのも自分の本意ではなく、本当は家族のことを大切に考えて働いて家計を支えてきたはずなのに、そのことを感謝するどころか、たまたま飲み過ぎたに過ぎないのに、口うるさく罵る家族の責任・・となるわけです。

また、飲み過ぎて仕事の約束を守れなかったのも、それほど大げさに非難されることではなく、それを非難する人は自分の実績や能力を低く評価しており、少しの失敗を咎められて非難されるのは筋違いである、と思えばよいわけです。

?

つまり、他罰的な態度においても、自分が現実に示した行動について、自分の本意でもなく本、当の自分の姿でもない、といった具合に否認することが可能なのです。

重要なお知らせ

第3日曜日(合同例会断酒表彰)変更について

●心の障害_2:もう一つの手段
自己嫌悪で自己のイメージを守れなくなった人間にとって、もう一つの有効な手段は他罰的な態度です。

ここで、もう一度、例を挙げて考えてみましょう。
飲酒の上で醜態を見せたのは自分の責任ではなく、嫌がる自分に無理に飲酒に引っ張り込んだ飲み仲間が悪いのであり、さらに、自分のことを理解してくれない周囲にイラだち、たまたま飲み過ぎて、心にもない醜態を見せた、と考えるわけです。

同じように、家族に悲しい思いをさせたのも自分の本意ではなく、本当は家族のことを大切に考えて働いて家計を支えてきたはずなのに、そのことを感謝するどころか、たまたま飲み過ぎたに過ぎないのに、口うるさく罵る家族の責任・・となるわけです。

また、飲み過ぎて仕事の約束を守れなかったのも、それほど大げさに非難されることではなく、それを非難する人は自分の実績や能力を低く評価しており、少しの失敗を咎められて非難されるのは筋違いである、と思えばよいわけです。
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つまり、他罰的な態度においても、自分が現実に示した行動について、自分の本意でもなく本、当の自分の姿でもない、といった具合に否認することが可能なのです。