アルコール症の治療を阻害するもの「三つの誤解と偏見」(2)

第二の誤解と偏見とは、
『アル中』という言葉に対して
一般の人々が持つイメージなのです。

それでは、この
いわゆるアル中のイメージとは
どんなものでしょうか。

イ) 酒に酔って暴力をふるったり暴言をはいたりして
他人に迷惑をかけつづける人、
つまり酩酊の上で反道徳的・反社会的な
行動の異常を示す人としてのイメージ
ロ) 仕事もしないで
昼間から酔いつぶれて道端や公園で寝転がっている
生活破たん者としてのイメージ
ハ) 幻覚や妄想など精神病状態になってしまい、
精神病院に閉じ込められている人というイメージ

以上のような姿が、
一般の人々が持っている
アル中のイメージであることが多いようです。

これが第二の誤解と偏見です

これらのイメージは、
アルコール症者の大半をしめている静かなアルコール症、
いわゆる寝型タイプのアルコール症の人々にとって
自己のアルコール問題を否認する絶好の材料になります。

静かなアルコール症(寝型タイプのアルコール症)については
別に説明しますが、
彼らは次のように言って自らのアルコール症を否認します。

「自分は飲んでもおとなしく寝るだけで、
 暴力や暴言はなかった。
 だからアル中ではない。」

「自分には家庭も仕事もある。
 昼間から酔いつぶれて、
道端で寝ているようなアル中とは違う。」

また、酒乱タイプの人々も、同じように
自らのアルコール問題を否認します。

「自分は、ときには飲み過ぎて
 暴れたことがあったかもしれないが、
 幻覚や妄想などを経験したことはないし
 道端で酔いつぶれているような生活破たん者ではない。
 だから、アル中ではない。」

さらに、幻覚や妄想などを経験した人ですら、
この病気を懸命に否定しようとします。

「自分は、飲んでも暴れたことはない。」

「生活破たん者まではいっていない。」

「あれ(幻覚・妄想)は
 何かの夢か間違いだったのだ。
 アルコールのせいでそうなったのではない。」

このようにして、
世間に広まっているアル中のイメージは、
アルコール症者間に相互の否認の
かっこうの材料とされるのです。

意志の弱いだめな人間という第一の誤解と偏見が、
彼らを大変苦しめていると同時に、
この第二の誤解と偏見は
多くのアルコール症者を正しい治療の場から遠ざけたり、
また、やっと治療の場に登場しても
自らの病気を認識する機会を失わせたりして、
治療からの脱落をうながしているのです。

このような人々は、
せっかくAAや断酒会に参加しても、
自分と違うところをやっきになって探そうと努力して、
やはり自分とは違うといった誤った結論をだしてしまうものです。

重要なお知らせ

第3日曜日(合同例会断酒表彰)変更について

第二の誤解と偏見とは、
『アル中』という言葉に対して
一般の人々が持つイメージなのです。
それでは、この
いわゆるアル中のイメージとは
どんなものでしょうか。
イ) 酒に酔って暴力をふるったり暴言をはいたりして
他人に迷惑をかけつづける人、
つまり酩酊の上で反道徳的・反社会的な
行動の異常を示す人としてのイメージ
ロ) 仕事もしないで
昼間から酔いつぶれて道端や公園で寝転がっている
生活破たん者としてのイメージ
ハ) 幻覚や妄想など精神病状態になってしまい、
精神病院に閉じ込められている人というイメージ
以上のような姿が、
一般の人々が持っている
アル中のイメージであることが多いようです。
これが第二の誤解と偏見です

これらのイメージは、
アルコール症者の大半をしめている静かなアルコール症、
いわゆる寝型タイプのアルコール症の人々にとって
自己のアルコール問題を否認する絶好の材料になります。
静かなアルコール症(寝型タイプのアルコール症)については
別に説明しますが、
彼らは次のように言って自らのアルコール症を否認します。
「自分は飲んでもおとなしく寝るだけで、
 暴力や暴言はなかった。
 だからアル中ではない。」
「自分には家庭も仕事もある。
 昼間から酔いつぶれて、
道端で寝ているようなアル中とは違う。」
また、酒乱タイプの人々も、同じように
自らのアルコール問題を否認します。
「自分は、ときには飲み過ぎて
 暴れたことがあったかもしれないが、
 幻覚や妄想などを経験したことはないし
 道端で酔いつぶれているような生活破たん者ではない。
 だから、アル中ではない。」
さらに、幻覚や妄想などを経験した人ですら、
この病気を懸命に否定しようとします。
「自分は、飲んでも暴れたことはない。」
「生活破たん者まではいっていない。」
「あれ(幻覚・妄想)は
 何かの夢か間違いだったのだ。
 アルコールのせいでそうなったのではない。」
このようにして、
世間に広まっているアル中のイメージは、
アルコール症者間に相互の否認の
かっこうの材料とされるのです。
意志の弱いだめな人間という第一の誤解と偏見が、
彼らを大変苦しめていると同時に、
この第二の誤解と偏見は
多くのアルコール症者を正しい治療の場から遠ざけたり、
また、やっと治療の場に登場しても
自らの病気を認識する機会を失わせたりして、
治療からの脱落をうながしているのです。
このような人々は、
せっかくAAや断酒会に参加しても、
自分と違うところをやっきになって探そうと努力して、
やはり自分とは違うといった誤った結論をだしてしまうものです。