アルコール症の本質「飲み方の異常」(4)

アルコール依存にまだなっていない人ならば
「酒を切る」という表現は使わないはずです。

台所をあずかる主婦にとって、
米や味噌は無くてはならない存在です。

だから、米や味噌が無くなると
「お米が切れた」
「味噌を切らしている」という表現を使います。

つまり、無くてはならない物が無くなった場合に
「・・・が切れた」という表現を使うわけです。

そして、何とか補充しようとするでしょう。

同じように、酒を切るという表現を使うのは、
その人にとって酒が無くてはならない存在に
なってしまっている証拠と言ってよいでしょう。

ですから、身体から酒気が切れると、
つまり酒が切れると、
何としてでも酒と手に入れようと努力するのです。

このような人をアルコール依存と言います。
また、酒を止めた期間があるから問題ない、
という表現もやはりおかしいのです。

アルコールに全く問題のない一般の飲酒者は、
あえてしばらくの期間禁酒する必要はありません。

そんなことをしなくても、
ごく普通に節酒が出来ているのです。

アルコール依存に陥って、
いろいろな問題を自覚しているからこそ
しばらく酒を止めるのではないでしょうか。

しかし、いつかは以前と同じような
異常な飲み方に戻ってしまうのです。

最後に、
自分の飲み方をもう一度思い出し、
そして、その飲み方が果たして正常であったかどうかを
考え直してみることが必要であり、
自分の飲み方の異常を自覚することができて、
始めて正しいアルコール症の治療が開始できるのです。

アルコール依存が形成されると、
アルコール乱用のため
身体的、心理的、社会的に障害が生じてきます。

これらの障害をひっくるめて
アルコール症と呼ぶことにしましょう。

続く 次回は6月19日(月)に公開します。

重要なお知らせ

第3日曜日(合同例会断酒表彰)変更について

アルコール依存にまだなっていない人ならば
「酒を切る」という表現は使わないはずです。
台所をあずかる主婦にとって、
米や味噌は無くてはならない存在です。
だから、米や味噌が無くなると
「お米が切れた」
「味噌を切らしている」という表現を使います。
つまり、無くてはならない物が無くなった場合に
「・・・が切れた」という表現を使うわけです。
そして、何とか補充しようとするでしょう。
同じように、酒を切るという表現を使うのは、
その人にとって酒が無くてはならない存在に
なってしまっている証拠と言ってよいでしょう。

ですから、身体から酒気が切れると、
つまり酒が切れると、
何としてでも酒と手に入れようと努力するのです。
このような人をアルコール依存と言います。
また、酒を止めた期間があるから問題ない、
という表現もやはりおかしいのです。
アルコールに全く問題のない一般の飲酒者は、
あえてしばらくの期間禁酒する必要はありません。
そんなことをしなくても、
ごく普通に節酒が出来ているのです。
アルコール依存に陥って、
いろいろな問題を自覚しているからこそ
しばらく酒を止めるのではないでしょうか。
しかし、いつかは以前と同じような
異常な飲み方に戻ってしまうのです。
最後に、
自分の飲み方をもう一度思い出し、
そして、その飲み方が果たして正常であったかどうかを
考え直してみることが必要であり、
自分の飲み方の異常を自覚することができて、
始めて正しいアルコール症の治療が開始できるのです。
アルコール依存が形成されると、
アルコール乱用のため
身体的、心理的、社会的に障害が生じてきます。
これらの障害をひっくるめて
アルコール症と呼ぶことにしましょう。
続く 次回は6月19日(月)に公開します。