アルコール問題の本質と否認(自分はアルコール依存症ではない)

アルコール問題とは直接問題と間接問題があります。直接問題とは、大量飲酒のため身体を壊したり、酩酊して暴言等や反社会的行動をしたり、幻覚や妄想状態などが出現することです。しかしアルコール問題の本質は間接的な問題にあります。

家族に金銭的な負担をかけたり、暴言や暴力が無かったりしたとしても、また勤務中に飲酒してトラブルを起こしたりしたことが無かったとしても間接的な問題の積み重ねによりアルコール依存症者は家庭も仕事も破壊してしまうものです。

アルコールを飲みすぎるとしんどいという単純なことが本当は大きな問題なのです。

職業の面から言いますと大量飲酒のため午前中は仕事ができなかったり、作業能率が低下したり、年を追うごとに遅刻や欠勤が増えていき、次第に信用を落としていきます。また、「飲み過ぎたから今日は遅刻や欠勤をする」などとは言えません。

そこで、職場に言い訳をしなければなりません。しかし、言い訳の種もなくなってきます。そうなると家人に言い訳の電話をしてもらうようになります。そんなことが続くと家人も言い訳をするのが嫌になってくるものです。その結果、無断欠勤になってしまいます。そしてさらに職場での信用を失っていきます。年を追うごとに増加してくる遅刻や欠勤、ばれてくる言い訳がアルコール依存症者の信用をさらに落としてしまいます。一家の大黒柱である夫がアルコール依存症になると家族の絆もバラバラにしてしまいます。

妻も最初からベテランの主婦ではありません。家庭内の問題、親類、近隣との問題、子供の教育問題、家庭経済の問題などを夫と相談して家庭を作り上げて行きたいという思いはあってもアルコールに溺れている夫は辛うじて仕事をしているか、飲んでいるか、寝ているか、というパターン化した生活になってしまっているので、相談相手として役に立たなくなっています。このような、夫婦生活が続くと暴言・暴力がなくても夫婦の情緒交流は失われていきます。

子供たちも成長するにつれ、そんな父親に批判の目を向けだします。

なぜ暴言や暴力が出現するのか・・・。職場から信用されないことに対する怒りや恨みを、飲んでは妻に職場の愚痴の垂れ流しをする夫がいます。さらに、自分が働いて家庭を支えてきたはずなのに感謝するどころか今は無視をする妻や子供たちに対する怒りや恨みが心の中で膨らんできます。それが噴火点に達したとき、家族に対する暴言や暴力が出現します。「自分が外で苦労してお前たちを支えてきたのになぜ無視したり飲むことに対して文句を言うのか」これが家族に対する暴言の内容です。

しかし暴言は家族に恐怖と更なる拒絶を生み出します。すると、暴力が出現することが多いのです。

この人は経済的にも家族に負担をかけなかったとしても、暴言・暴力がまだ出現していなくても職場や家族の信頼関係は無くなってしまいます。

これがアルコール依存症の問題の本質です。ここにさらに暴言・暴力が出現すると家庭は地獄になってしまいます。
アルコール依存症者の否認です。

アルコール依存症は“否認の病”の病気です。否認とは自分がアルコール依存症と認めないことです。

当院でもアルコール依存症者が自分のことをアルコール依存だと認めて来院することはありません。アルコール問題に手を焼いた家族や周囲の人々に無理やり連れてられて来院されることがほとんどです。

ヘビースモーカーの喫煙者は自分がニコチン依存であることをすぐ認めます。なぜならタバコを一日100本吸ったとしても先の例のように、遅刻や欠勤をくり返したり家族の相談に乗れないこともないからです。そのため、アルコール依存症者のように職場や家族の信頼を失うこともないからです。

しかしアルコール依存症者は職業人として家庭人として大人としての資質を疑われ周囲から世間並みの人間ではないと受け入れてもらえなくなるからです。「自分は、周囲の人々が言うような世間並み以下の人間ではない」と反発し、それがアルコール問題に対する否認に繋がるのです。

ここで、アルコールとニコチンを比較した質問とその解答を並べてみます。

(ニコチン依存)

質 あなたはタバコを一日20本あるいはそれ以上、毎日吸いますか?

答 はい

質 あなたはニコチン依存症ですね?

答 はい

質 それでは1日3?4本に節煙したらいかがですか?

答 そんな器用なことはできません

質 休日だけタバコをすうことにしたらいかがですか?

答 そんなことができるくらいなら止めた方が楽です。

質 一年禁煙した後、タバコを一本吸うとどうなりますか?

答 もとのもくあみになってしまいます。

(アルコール依存)

質 あなたは毎日、日本酒に換算して3合以上飲みますか?

答 はい

質 あなたはアルコール依存症ですね?

答 違います。そこまでいっていません。

質 一日一合くらいに節酒はできますか?

答 できます。酒を止めないで節酒したいのです。(不可能)

質 休日だけの飲酒にしたらいかがですか?

答 やってみます。(不可能)

質 一年断酒した後、一杯の酒を飲むとどうなりますか?

答 節酒できると思います。(不可能)

ニコチン依存とアルコール依存の成り立ちはほぼ同じです。タバコに出会ったその日から毎日20本以上のヘビースモーカーになったりしません。アルコールに出会ったその日から毎日一升酒を飲む人もいません。

どちらも、少しづつ量が増えて来て身体依存が形成され、切れてくると病的な喫煙欲求や飲酒欲求が出現し身体がニコチンやアルコールを要求するようになってしまうのです。

ここで問題なのはニコチン依存の人は自分が依存になっている事実を認めており、節煙も不可能だし、しばらく禁煙した後に1本のタバコを吸うともとの量に戻っていることを最初から自覚していることです。それでも、禁煙は非常に困難であり、全国各地に禁煙外来が増加している事実がそれを物語っています。

ところがアルコール依存症者は、まず自分がアルコールに依存していることを認めていないのです。それにこりずに、不可能な節酒にこだわったり、せっかくしばらく断酒していてもまた節酒ができるのではないかと再飲酒しもとの木阿弥になってしまうのす。

アルコール依存症からの回復はまず、自分がアルコールに依存していることを認め、次に断酒継続のための方法論に移るという二重の困難性があります。ところが、一番最初の自らのアルコール依存を認めさせることは家族や周囲の人がいくら努力しても全て失敗に終わったはずです。説教しても、お願いしても、酒を隠しても、入院させても、神頼みしても、それらに使ったエネルギーは無駄に終わりあとに残されたものは、酒を止めようとしないアルコール依存症者に対する、怒り、恨み、そして諦めに変わっていったはずです。

特に家族は何とか酒をやめさせようと努力しても、努力しても、失敗の連続で自分の身なりをかまう余裕もなく表情も険しくなっていきます。その顔は、般若のようです。さらに何をしても無駄と解かり出すと、感じることは辛いだけだから・・・と、感情を失って行きます。その顔は能面のようです。

アルコール依存症者はなぜ否認するのか。そのキーワードは“世間”です。

女性がアルコール依存症の場合

女性がアルコール依存症の場合はさらに深刻です。

アルコールに依存し大量飲酒が続くと、しんどいという事実が家族崩壊のもとになります。家事ができなくて、家の中はゴミ箱のようになる、子供の世話も満足にできない、となるとその夫や子供達はその女性を妻として母親としてすぐ信頼しなくなります。家事も子育てもできない妻に対しての夫の怒りは膨れ上がり、暴力をふるうようになり、家族は完全に崩壊してしまうというケースもあります。結果的に、離婚に至るケースも少なくありません。この女性の環境は悪化し、さらにアルコールにのめりこみ無気力、抑うつ状態になっていきます。時には自殺に至る場合もあります。

女性の場合はできるだけ早い対応が必要です。本人や夫だけでなく子供にも多大な悪影響を及ぼす可能性が高いことが挙げられます。

重要なお知らせ

第3日曜日(合同例会断酒表彰)変更について

アルコール問題とは直接問題と間接問題があります。直接問題とは、大量飲酒のため身体を壊したり、酩酊して暴言等や反社会的行動をしたり、幻覚や妄想状態などが出現することです。しかしアルコール問題の本質は間接的な問題にあります。
家族に金銭的な負担をかけたり、暴言や暴力が無かったりしたとしても、また勤務中に飲酒してトラブルを起こしたりしたことが無かったとしても間接的な問題の積み重ねによりアルコール依存症者は家庭も仕事も破壊してしまうものです。
アルコールを飲みすぎるとしんどいという単純なことが本当は大きな問題なのです。
職業の面から言いますと大量飲酒のため午前中は仕事ができなかったり、作業能率が低下したり、年を追うごとに遅刻や欠勤が増えていき、次第に信用を落としていきます。また、「飲み過ぎたから今日は遅刻や欠勤をする」などとは言えません。
そこで、職場に言い訳をしなければなりません。しかし、言い訳の種もなくなってきます。そうなると家人に言い訳の電話をしてもらうようになります。そんなことが続くと家人も言い訳をするのが嫌になってくるものです。その結果、無断欠勤になってしまいます。そしてさらに職場での信用を失っていきます。年を追うごとに増加してくる遅刻や欠勤、ばれてくる言い訳がアルコール依存症者の信用をさらに落としてしまいます。一家の大黒柱である夫がアルコール依存症になると家族の絆もバラバラにしてしまいます。
妻も最初からベテランの主婦ではありません。家庭内の問題、親類、近隣との問題、子供の教育問題、家庭経済の問題などを夫と相談して家庭を作り上げて行きたいという思いはあってもアルコールに溺れている夫は辛うじて仕事をしているか、飲んでいるか、寝ているか、というパターン化した生活になってしまっているので、相談相手として役に立たなくなっています。このような、夫婦生活が続くと暴言・暴力がなくても夫婦の情緒交流は失われていきます。
子供たちも成長するにつれ、そんな父親に批判の目を向けだします。
なぜ暴言や暴力が出現するのか・・・。職場から信用されないことに対する怒りや恨みを、飲んでは妻に職場の愚痴の垂れ流しをする夫がいます。さらに、自分が働いて家庭を支えてきたはずなのに感謝するどころか今は無視をする妻や子供たちに対する怒りや恨みが心の中で膨らんできます。それが噴火点に達したとき、家族に対する暴言や暴力が出現します。「自分が外で苦労してお前たちを支えてきたのになぜ無視したり飲むことに対して文句を言うのか」これが家族に対する暴言の内容です。
しかし暴言は家族に恐怖と更なる拒絶を生み出します。すると、暴力が出現することが多いのです。
この人は経済的にも家族に負担をかけなかったとしても、暴言・暴力がまだ出現していなくても職場や家族の信頼関係は無くなってしまいます。
これがアルコール依存症の問題の本質です。ここにさらに暴言・暴力が出現すると家庭は地獄になってしまいます。
アルコール依存症者の否認です。
アルコール依存症は“否認の病”の病気です。否認とは自分がアルコール依存症と認めないことです。
当院でもアルコール依存症者が自分のことをアルコール依存だと認めて来院することはありません。アルコール問題に手を焼いた家族や周囲の人々に無理やり連れてられて来院されることがほとんどです。
ヘビースモーカーの喫煙者は自分がニコチン依存であることをすぐ認めます。なぜならタバコを一日100本吸ったとしても先の例のように、遅刻や欠勤をくり返したり家族の相談に乗れないこともないからです。そのため、アルコール依存症者のように職場や家族の信頼を失うこともないからです。
しかしアルコール依存症者は職業人として家庭人として大人としての資質を疑われ周囲から世間並みの人間ではないと受け入れてもらえなくなるからです。「自分は、周囲の人々が言うような世間並み以下の人間ではない」と反発し、それがアルコール問題に対する否認に繋がるのです。
ここで、アルコールとニコチンを比較した質問とその解答を並べてみます。
(ニコチン依存)
質 あなたはタバコを一日20本あるいはそれ以上、毎日吸いますか?
答 はい
質 あなたはニコチン依存症ですね?
答 はい
質 それでは1日3?4本に節煙したらいかがですか?
答 そんな器用なことはできません
質 休日だけタバコをすうことにしたらいかがですか?
答 そんなことができるくらいなら止めた方が楽です。
質 一年禁煙した後、タバコを一本吸うとどうなりますか?
答 もとのもくあみになってしまいます。
(アルコール依存)
質 あなたは毎日、日本酒に換算して3合以上飲みますか?
答 はい
質 あなたはアルコール依存症ですね?
答 違います。そこまでいっていません。
質 一日一合くらいに節酒はできますか?
答 できます。酒を止めないで節酒したいのです。(不可能)
質 休日だけの飲酒にしたらいかがですか?
答 やってみます。(不可能)
質 一年断酒した後、一杯の酒を飲むとどうなりますか?
答 節酒できると思います。(不可能)
ニコチン依存とアルコール依存の成り立ちはほぼ同じです。タバコに出会ったその日から毎日20本以上のヘビースモーカーになったりしません。アルコールに出会ったその日から毎日一升酒を飲む人もいません。
どちらも、少しづつ量が増えて来て身体依存が形成され、切れてくると病的な喫煙欲求や飲酒欲求が出現し身体がニコチンやアルコールを要求するようになってしまうのです。
ここで問題なのはニコチン依存の人は自分が依存になっている事実を認めており、節煙も不可能だし、しばらく禁煙した後に1本のタバコを吸うともとの量に戻っていることを最初から自覚していることです。それでも、禁煙は非常に困難であり、全国各地に禁煙外来が増加している事実がそれを物語っています。
ところがアルコール依存症者は、まず自分がアルコールに依存していることを認めていないのです。それにこりずに、不可能な節酒にこだわったり、せっかくしばらく断酒していてもまた節酒ができるのではないかと再飲酒しもとの木阿弥になってしまうのす。
アルコール依存症からの回復はまず、自分がアルコールに依存していることを認め、次に断酒継続のための方法論に移るという二重の困難性があります。ところが、一番最初の自らのアルコール依存を認めさせることは家族や周囲の人がいくら努力しても全て失敗に終わったはずです。説教しても、お願いしても、酒を隠しても、入院させても、神頼みしても、それらに使ったエネルギーは無駄に終わりあとに残されたものは、酒を止めようとしないアルコール依存症者に対する、怒り、恨み、そして諦めに変わっていったはずです。
特に家族は何とか酒をやめさせようと努力しても、努力しても、失敗の連続で自分の身なりをかまう余裕もなく表情も険しくなっていきます。その顔は、般若のようです。さらに何をしても無駄と解かり出すと、感じることは辛いだけだから・・・と、感情を失って行きます。その顔は能面のようです。
アルコール依存症者はなぜ否認するのか。そのキーワードは“世間”です。
女性がアルコール依存症の場合
女性がアルコール依存症の場合はさらに深刻です。
アルコールに依存し大量飲酒が続くと、しんどいという事実が家族崩壊のもとになります。家事ができなくて、家の中はゴミ箱のようになる、子供の世話も満足にできない、となるとその夫や子供達はその女性を妻として母親としてすぐ信頼しなくなります。家事も子育てもできない妻に対しての夫の怒りは膨れ上がり、暴力をふるうようになり、家族は完全に崩壊してしまうというケースもあります。結果的に、離婚に至るケースも少なくありません。この女性の環境は悪化し、さらにアルコールにのめりこみ無気力、抑うつ状態になっていきます。時には自殺に至る場合もあります。
女性の場合はできるだけ早い対応が必要です。本人や夫だけでなく子供にも多大な悪影響を及ぼす可能性が高いことが挙げられます。