第1章 アルコール症の治療を阻害するもの(6)

「三つの誤解と偏見」

●第二の誤解と偏見:否認の材料

第二の誤解と偏見である『アル中』という言葉のイメージは、アルコール症者の大半をしめている静かなアルコール症、いわゆる寝型タイプのアルコール症の人々にとって、自己のアルコール問題を否認する絶好の材料になります。

静かなアルコール症(寝型タイプのアルコール症)については、別に説明しますが、彼らは次のような言葉で自らのアルコール症を否認します。

「自分は飲んでもおとなしく寝るだけで、暴力や暴言はなかった。だからアル中ではない。」

「自分には家庭も仕事もある。 昼間から酔いつぶれて、道端で寝ているようなアル中とは違う。」

また、酒乱タイプの人々も、同じように自らのアルコール問題を否認します。

「自分は、ときには飲み過ぎて暴れたことがあったかもしれないが、幻覚や妄想などを経験したことはないし、道端で酔いつぶれているような生活破たん者ではない。だから、アル中ではない。」

さらに、幻覚や妄想などを経験した人ですら、この病気を懸命に否定しようとします。

「自分は、飲んでも暴れたことはない。」

「生活破たん者まではいっていない。」

「あれ(幻覚・妄想)は何かの夢か間違いだったのだ。アルコールのせいでそうなったのではない。」

このようにして世間に広まっているアル中のイメージは、アルコール症者間において、相互否認のかっこうの材料とされるのです。

重要なお知らせ

第3日曜日(合同例会断酒表彰)変更について

「三つの誤解と偏見」
●第二の誤解と偏見:否認の材料
第二の誤解と偏見である『アル中』という言葉のイメージは、アルコール症者の大半をしめている静かなアルコール症、いわゆる寝型タイプのアルコール症の人々にとって、自己のアルコール問題を否認する絶好の材料になります。

静かなアルコール症(寝型タイプのアルコール症)については、別に説明しますが、彼らは次のような言葉で自らのアルコール症を否認します。
「自分は飲んでもおとなしく寝るだけで、暴力や暴言はなかった。だからアル中ではない。」
「自分には家庭も仕事もある。 昼間から酔いつぶれて、道端で寝ているようなアル中とは違う。」

また、酒乱タイプの人々も、同じように自らのアルコール問題を否認します。
「自分は、ときには飲み過ぎて暴れたことがあったかもしれないが、幻覚や妄想などを経験したことはないし、道端で酔いつぶれているような生活破たん者ではない。だから、アル中ではない。」

さらに、幻覚や妄想などを経験した人ですら、この病気を懸命に否定しようとします。
「自分は、飲んでも暴れたことはない。」
「生活破たん者まではいっていない。」
「あれ(幻覚・妄想)は何かの夢か間違いだったのだ。アルコールのせいでそうなったのではない。」

このようにして世間に広まっているアル中のイメージは、アルコール症者間において、相互否認のかっこうの材料とされるのです。