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院長からのメッセージ

第13回「断酒継続の難しさ」

2018.9.7

 アルコールの乱用者は、飲酒時代に放置する問題が多過ぎて、同年代の人と比較するとストレスが多くなり、そのため問題に直面した時にまた飲酒し元の依存的な飲酒に戻ることを繰り返します。そして、長年の飲酒時代を経て、家庭環境や職業関係、その他経済的な問題などがどんどん山積みになっていきます。
 断酒して、それらの問題が全て無くなれば断酒継続も楽なのですが、そんなことはあり得ません。断酒開始後には、同年代の人と比べて、山積みになった問題が待ち構えています。
 つまり、長年の飲酒習慣のため、嫌な問題が重なってくるとアルコールに逃避する、という習慣が身に付き問題解決能力は低下していくので、高いハードルにぶつかったときや障害が重なったときに飲酒する確率が高くなります。飲酒再発は、このようにして起こります。
 すると、周囲の人はやはりこの人は意志が弱いと判断し評価が落ちてしまいます。


 以前述べたように、抗酒剤を使いながらでもとりあえず一年間断酒をすると問題はある程度解決し、ハードルが少しは低くなるでしょう。また、しらふで問題を乗り越えた実績の積み重ねにより問題解決能力が身に付いていきます。
 二年目は一年目よりも平坦な道のりとなり、しかも、しらふでの問題解決能力も身に付いていますので障害を乗り越えるのは楽になります。
 このようにして、先へ行けば行くほど断酒が楽になり、断酒開始直後の時期と比べて楽な生き方に変わっていきます。ここに、抗酒剤を毎日服用する本当の意味があります。なにも、初期の頃、酒を無理やり止めさせようとして抗酒剤の服用を勧めている訳ではありません。
 タバコを何カ月止めても、一本吸い出すと元の木阿弥になるように、アルコールにも同じことが起こります。そうすると、ハードルは高くなるだけではなく、周囲の信頼も失われ苦しい生き方になってしまいます。


 ただし、それだけでは精神的に豊かな暮らしを作り上げることは出来ません。
 ここで、その人に応じた趣味の話が出てきます。
 飲酒しているアルコール依存症者に一般の人は「趣味を持て。そうすれば断酒できる」と、よく言うものですが、依存症の真っただ中にある人にはそんなことは出来ません。飲酒生活を止められなくて趣味どころの話ではないからです。
 料理に風味と味わいを与えるように、趣味というのは日常生活に味わいを与え生き生きとさせる役割があります。
 調味料だけで料理をすることが出来ないのと同じように、趣味だけで日常生活を送ることは出来ません。趣味とは日常生活に味わいを与える調味料なのですから。


 初診者教室などでアルコールの勉強を終えても、すぐには心豊かな生き方は出来ません。そのために、当院では、勉強会だけでなくリラックスプログラムも行っています。
 たとえば、ヨガ教室や体操くらぶ。これは安定剤などに頼り切るのではなく、心身共にリラックスするのに非常に有効な手段です。ハンドワーククラブ、絵画教室、粘土工作教室、クリエイティブクラス、グリーティングカード教室、書道教室などは、日常生活と離れ、創造的な達成感、こころの喜びやリラックスを生むものですし、抹茶の会でお茶を頂きながら穏やかな会話を続けることは、いらだった心を静め、暮らしにアクセントを与えるものです。
 こういうものは勉強会と同等の価値がありますので、積極的に参加してください。何か自分に合うものが見つかるものです。その他、自分なりの工夫も必要となってきます。


 こころの余裕がなければ、障害にぶつかったときそれに負けて再飲酒したり、何とか乗り越えても後で大きなストレスが残ったりします。このようなリラックス法が無いままに一直線に進むと、それはまるで鉄道の単線路線のようなもので、前方に障害があれば脱線してしまうこともあるでしょう。
 しかし、ぎりぎりの日常生活だけではなく、趣味だけとは言いませんが、別のリラックス法を持ちながら生きることは複線路線を進んでいるようなもので、前方に障害物があってもそれを迂回する複線があるのと同じように、問題をやり過ごすことも楽になるでしょう。


 多くのアルコールからの回復者を眺めていると、確かにがんばってはいるのですが非常に苦しそうに見受けられます。
 断酒の目的は、かろうじて社会に適する人間に戻ることではありません。
 日々の暮らしを、こころ豊かに生きる工夫が必要になっていきます。そのような自分の世界を持つことにより、一般の人よりももっと心の安定した、味わいのある人生を得ることが最終目標になるのです。
 アルコール依存症からの回復は、以前のような社会適応を目指すだけではなく、それを飛び越え、もっとこころの安定と喜び、暮らしの味わいを楽しみながら、その人の一回限りの人生を精神的に余裕をもって豊かな暮らしを送ることにあるのです。




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