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アルコール依存症のメカニズムを理解する

アルコールの作用と依存になりやすい原因

近年、アルコール乱用から依存症になる人が増加の一途を辿っています。 昔は、現在のように多種類のアルコール飲料が氾濫する時代と違って、米を原料とする日本酒が主でしたが、貧しくて三度の食事に困った時代に、米から作られた日本酒を常用にすることは経済的にも困難でした。アルコール飲料は、裕福な家庭は別として、一般の人々は冠婚葬祭や何かしらの祝い事など特別な日にしか口に出来ない時代であったのです。 しかし、現在はアルコール飲料の種類も増え、価格も安価になり、加えてテレビなどのマスメディアによる宣伝が巧妙になり、消費者の購買意欲をあおっています。また、昔のように限られた日だけではなく、皆が酒を飲んでいる姿は日常的に見られ、アルコールに親しむ機会は依然とは比較にならないほど増えています。 タバコなどニコチン依存に対しては、社会での大きな規制がかかっているのに反して、アルコールを飲もうという風潮は社会に蔓延し、男女を問わずの飲酒時代に突入しているのが依存症者が増加する一因になっています。今後もこの傾向は続くでしょう。 次に、アルコール飲料の特徴、特に人は何故アルコールを飲むのかについて知ることが大切です。仕事やトラブル事など各種の緊張が続いたり、元々対人緊張が強い人は脳内でどういう変化が起こっているかというと、脳内の交感神経系のアドレナリンが増加し、精神的に焦燥感を感じたり心身の疲れが出現したりストレスが溜まった状態になります。アルコール飲料はこの増加したアドレナリンを遮断する働きがあります。それを図式化してみましょう。



交感神経系のシナプスを流れるアドレナリンはゆったりと流れ、この状態では人はリラックスしています。 ところが、仕事などで各種の緊張が続いたり、元々緊張が高い人は、シナプス間を流れるアドレナリンの量が増加し、精神的に焦燥感を感じたり、疲れを感じたり、少しのこと で怒りっぽくなったりするようになります。

これは、人間の生体が緊張状態にあり、一般にストレスがたまった状態といわれます。 このような作用があるのは、人間の生態は危機状態にあると何らかのストレス軽減を行いなさいという命令が脳内で発せられるからです。たとえば、ゆっくりと休息を 取る、何か運動するなど、各種のストレス解消法を行えば図①の安定した状態に戻るので、これ以上ストレスを溜めないように何らかの手を打ちなさいという脳内の心 身のバランスをとるための命令なのです。その時に、休息を取る、運動をする、たとえばハイキングに行くなど、各種のストレス解消法を行えばいいのですが、これら のことは手間が掛かり過ぎ面倒な事でもあります。そこで、手っ取り早くこのアドレナリンの過剰分泌状態を解消する方法として探し出されたものがアルコールなので す。 図②のアドレナリン分泌が過剰な時にアルコールを摂取すると、シナプスに働き以下の図③のような状態になります。アルコールはアドレナリンを遮断する作用がある のです。

このように、ストレス時にアルコールを摂取すると、アドレナリンを遮断し、受容体に到達するアドレナリンの量は図①の安定した状態に戻り、一時的にストレス が解消する作用があるのです。 麻薬にも同じ作用があるのですが、麻薬は非合法でありアルコールは合法であるため、人々は心身のストレスを感じたときアルコールを摂取するようになるので す。ジュースやコーラなどのソフトドリンクにはそのような作用はありません。 また、元々緊張の高い人がアルコールを摂取するとアドレナリンの到達量が減り、他人との垣根が取れた感じがしたり、リラックス感を感じたりします。どちらに しても、アルコール摂取はインスタントにストレス解消作用があるので、アルコール摂取が習慣化してしまいます。これが、多くの人がストレス解消材としてアル コールを利用する理由です。

アルコール量の増加と依存症の形成

ところが、この状態は見かけの安定であり、本来の生体の危機は去っていないので、毎日アルコールが摂取されるようになると(晩酌化)、アドレナリンの分泌量は増えア ルコールのブロックを破るようになります。



こうなると、少量のアルコールでは効果が薄くなり、アルコール量を増やすことで対抗しようとします。しかし、アルコール量を増やしても、また、アドレナリンの分 泌量が増え、同じように効かなくなることを繰り返し、もし、アルコールの代謝能力に限界が無いとすれば、この悪循環はどこまでも続きます。悪循環の図式化は省略しま すが、最終的にはアルコールを代謝する能力の限界までいってしまいます。 このようにして、少量のアルコールでは効果が無くなり、だんだんとアルコール量が増えたり高濃度のアルコール飲料を使用したりするようになるのですが、アドレナリン の分泌もそれに伴って増加して行きます。 アルコールの摂取量を増やすことで受容体に達するアドレナリンの量を減少させ、何とか安定した状態に戻していたものが、更に飲酒の量や間隔を増やさないと安定しな い、これがアルコール依存状態の形成です。 以上のように簡単に図式化しましが、このような変化は、実は長年に渡って徐々に進行するものであり、本人はなかなか気が付きにくいのです。こうなるとアルコールを楽 しむ為ではなく、過剰になったアドレナリン(過緊張の元)を遮断するために高濃度のアルコールに変わっていくことが多いのです。

アルコール依存症の成立と離脱症状について

アルコール依存の状態になってしまった人からアルコールが切れてくると、どのようになるでしょうか。


これは、アドレナリンの過剰分泌、交感神経系の過剰興奮で様々な症状が出現します。これを、一般には禁断症状と呼んでいましたが、今ではアルコール離脱症状と呼んでい ます。この時、この離脱症状の苦しさから免れようとして再飲酒してしまうのです。しかし、多少のアルコール量ではもう効果が無く、その人のアルコール依存量まで突き詰めて 飲酒してしまい、適度の飲酒には戻れなくなるのです。コントロール飲酒が不可能である理由はここにあり、アルコールが切れたら苦しいから、依存症者はその人の依存量までの 再飲酒を毎日繰り返すことになります。

離脱症状の種類

手指震戦、発汗、寝汗、興奮及び興奮のための睡眠障害、焦燥感、頻脈などの小症状が出現し、強力にアルコールを欲してしまいます。また、不眠が2~3日続くと、幻覚、妄 想などの大症状が出現することもあります。 アドレナリンの作用ではありませんが、離脱期にマグネシウムが低下することで細胞の閾値が低下し、脳細胞膜が興奮しやすくなってアルコール離脱てんかん発作を起こす場合 もあります。このような不快な状態から逃れるために、依存症者には病的飲酒欲求が起こります。この、離脱症状=病的飲酒欲求の強さは次の図式のように推移します。
図⑥

青線は、治療を行わなかった時の離脱症状と日時の推移を表し、オレンジの線が、適切な治療を行った場合を示しています。このように、適切な治療を行うと依存症者は比 較的楽な状態で離脱期を乗り越えることができ、断酒の開始も容易となります。 こうなると、節酒などの飲酒量をコントロールする試みは不可能になり、簡単に言うとアルコールが切れたときの不快な離脱症状のために飲んでしまうのですが、病的飲酒 欲求が起こると依存量の限界まで飲んでしまうのです。 これは、けっして周囲の人が言うように意志が弱いから節酒出来ないのではなく、脳内にいつの間にか今まで述べたような変化が起こってしまっているのです。このこと が、周囲の非難など様々な問題を起こすのですが、それは別の機会に述べることにします。

離脱症状の治療 お酒を飲まない日を送り始めると、図⑥のように断酒からだいたい2日目ぐらい(約48時間後)にピークを迎える場合がほとんどです。 クリニックで、医師やケースワーカーなどに最終飲酒日を聞かれることがありますが、その目的は、この離脱症状の治療のためでもあるのです。たとえば、最終飲酒日が2 日前だとすると、今この時に離脱症状のピークを迎えていることになりますので、イライラなどの対処や処置をして後に診察をすることもあります。離脱症状の状態を軽減 し、少し身体的に楽になってからお話を始める方が良いでしょう。

離脱症状の治療の実際 少し専門的な話になりますが、離脱症状を速やかに軽減する処方として、以前はアルコールに置き換えるため交叉耐性のあるジアゼパム10mgを静注し、低マグネシウム 血症からくるてんかん予防のため硫酸マグネシウムの静注などを行っていましたが、最近ではジアゼパム10mgの内服をすぐに行い、マグネシウム入りの基剤に、ウェルニ ッケ脳炎からコルサコフ症(アルコールによるビタミンB群低下によって、脳神経、特に記憶中枢の破壊のため老人性の認知症よりもずっと早い年代に記憶障害を中心とし た認知症が始まる)への移行も考慮に入れビタミンB群と、アルコールの解毒のため糖質を点滴するようにしています。 このような処置を施しておくと離脱症状はかなり楽になり、後のスタッフによる治療の説明をゆっくりと理解力を持ちながら受けることができます。 また、自宅用のジアゼパムの内服薬と、場合によって強めの睡眠剤を患者さんの身体状況を鑑みながら投薬します。アルコール離脱症状は十数日間に渡って続きますので、 毎日の心身の状態に合わせて投薬量を調節し、少しでも楽に離脱期を乗り越えることを目指します。それが、患者さんの治療継続、即ち断酒継続に繋がり、その間に治療プ ログラムにも楽に参加することができ、アルコール依存症という病気に対する認識が徐々に形成され、それがまた断酒継続を促して行くという好循環に繋がります。

アルコール依存症の初期治療の実際 始めて当クリニックを訪れて来られた患者さん方は、様々な問題や疑問を抱えて来られます。その上、ほとんどの患者さん方は離脱症状の真っ最中にあるか、これから 離脱症状のピークを迎える状態にあります。その状況でアルコール依存症の全体像や、抱えている問題や疑問などの説明をしても、なかなかストンと腑に落ちることはあり ません。まずは離脱期を乗り越えることに焦点を絞り、それを軽減し心身を楽にさせながらプログラムに参加することで、通院や治療のあり方を理解し、断酒動機を形成、 確立させ成長へと繋いでいきます。 自らの力だけで断酒しようとすると、病的な飲酒欲求が亢進し再飲酒をしてしまい易く、いつまでたっても回復に繋がりません。また、その状況を繰り返していると、結局 、周囲の信用をどんどん失って行き、飲酒スパイラルの深みへ落ち込んで行ってしまいます。ですから、これから断酒がしたい、アルコール依存症から回復したいという方 々にとって、専門的な離脱症状の治療を受けることは回復のために絶対的に有利であり、楽にアルコールからの脱却が可能になります。 周囲の人が、いくらアルコールについて説得や説教をしたり、怒ったりなだめたりしても、アルコール問題を抱える本人が飲酒量を減らしたり、禁酒したりできない理由 は、このようなアルコールに対する体の変化に原因があり、けっして意志が弱いなどの問題ではないのです。
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