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院長からのメッセージ

第4回「アルコール依存症からの回復の素晴らしさ」

2018.4.20

 以前、ガン末期患者などの精神的ケアを依頼されたことがありました。 例えば末期ガンを宣告された時、患者さんは大きなショックやパニックに陥ります。しかし、その時期を過ぎると、患者さんの中には自分の人生を振り返って自分の人生を見つめ直す人が多くみられます。

 いろいろな問題に悩んで来たり、不安を感じたり、あくせくしたり、時には金銭的な問題で精神的に追い詰められたりしながら、心に余裕のない生活を送って来たことを悔やむ人も出てきます。
 そして人生も命も残り少なくなった時、このような、様々な問題に悩みながら生きてきた自分に後悔して、もう一度、生き直したいと思う人もいます。


 実際、死んで行くだけの身の上になると、もう地位や名誉や富は意味がなくなるわけですから、この時点で、もっと精神的に豊かに様々なことを感じたり、日々の暮らしや人との繋がりを大切にしたりしながら生きることが出来たはずだと気付きます。
 ですが、死を宣告された人々はこのような気付きに達しても、残り僅かで死を迎えなければなりません。このような人々に対しての心のケアは、難しいものがあります。

 結果、末期患者の精神的ケアを断ったいきさつがあります。しかし、大病などから回復してその後の生き方が変わったという人の話もよく聞きます。私がアルコール依存症を診ようとした理由はここにあります。

 アルコール類の多量摂取によって肉体面や家族を中心とした人間関係が悪化したり、さらに仕事に支障をきたしたり、せっかく頑張ってきたのに定年退職後アルコールの虜になり日々の生活が崩壊したりした人々もいます。そのような人が断酒をきっかけに、精神的な豊かさを持って日々を過ごし、感受性が豊かになって季節の移り変わりの美しさを感じたり、心の安定を取り戻したりします。また、普通では見過ごしがちな日常の中でのちょっとした出来事を、感動を持って見ることが出来るようになります。あるアルコール専門の医師は、断酒した患者さんが、草花が嫌に鮮やかに見えるという報告が多いのにびっくりして、これは自分が投与している安定剤の副作用ではないかと詳しく調べたことがあるそうです。でもそんな副作用はなく、断酒した人々の感受性が豊かに、また鋭くなり、日々味わいを持って暮らしていることに気づきました。

 このようなことは、断酒会やAAの体験談でもよく語られることです。中には、「アルコール依存症になって良かった。なぜもっと早く気づかなかったのだろう」という言葉さえ聞かれます。

 普通に考えればアルコール依存になって、いいはずはありません。身体も人間関係もボロボロになり孤独に陥り、精神的にも意欲を失い、喜びのない味気ない日々を送らざるをえない。それが、アルコール依存の怖さなのですが、こんな状態がよかったはずがありません。

 しかし、アルコールから解放された人々は、普通の人が当たり前としていることに喜びを感じ、日々を幸せに暮らせるようになったことに大きな喜びを感じることができるようになったのです。そこで、アルコール依存症になって良かったという言葉が出てきたのでしょう。

 ここが末期ガンなどの余命少ない人々との違いです。アルコール依存症者は、アルコールから解放され、喜びに満ちた日々がまだまだ続くわけですから、アルコール依存症は決して不幸ではなく、新しい人生を送るきっかけになるのです。





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