院長からのメッセージ
第6回「家族や周囲の人々が困り切って、本人が自ら受診することは少ない」
2018.5.18
アルコール依存症者を抱える家族や職場などは、アルコール依存症者本人のみならず、そのアルコールに関わる問題は周囲の人々まで波及して行きます。
依存症者本人の酒の飲み方が少しおかしいとか、明らかに異常であると気付き始めた家族や周囲の人々は、最初は優しく諭してみますが、当然全く効果がありませんので、徐々に説得から非難に及びます。しかし、依存症者本人は、最初はのらりくらりと、そして段々と言い訳、反発を現わして行きます
「これを飲んだら寝るから」とか「わかっている。もうお酒は止める」などというセリフを、家族や周囲の人々は何度聞かされたことでしょう。その度にちょっと信用しては裏切られることを繰り返し、その家族や集団は崩壊に向かって行くのです。
当院に来られるアルコール問題を抱える患者さんは、本人だけではありません。むしろ、当初は本人よりも家族や周囲の人々の相談から始まるケースが多くあります。
幾ら優しく説得しても厳しく非難しても、依存症者本人はなかなか自分のアルコール問題を認めようとしません。それは、もともとアルコール依存症は否認の病気でもあるからです。
否認の理由は、アルコール問題に対する知識の乏しさから来ます。
アルコール依存症と言われると、ほとんどの方はいわゆるアル中(本当はアルコール依存症とアルコール中毒は全く別物です)を思い浮かべます。
酒を飲んで暴言を吐いたり、暴力をふるって人に危害を加えたり、酔いつぶれて所かまわず寝込んだり、周囲に迷惑を掛け、時には反社会的な行動を取って警察のご厄介になる。これが一般的にイメージされるアル中、アルコール依存症でしょう。
ですが、ほとんどのアルコール依存症者はこのタイプに当てはまりません。
毎日深酒をしたり、休日は朝から酒を口にしたりはしますが、目立った暴言や暴力は無く、しかしずっと酒を飲み、飲み続けるため、家庭内の役割は出来なくなり家族との約束も守られなくなります。親戚の法事に行くはずだったのに、子供を遊びに連れて行く約束をしていたのに、年末大掃除を手伝って欲しいのに、子供の参観日に行ってくれなかったなど、様々な役割や約束を反故にし、大事な相談事も出来なくなってしまいます。また、飲み過ぎて次の日に起きられなくなり、仕事を休む連絡を家族が代わって入れたりもします。
職場でも、二日酔いで仕事の能率が落ちたり、取引先との打合せに酒臭い匂いをさせて行ったり、時には大事な打合せをすっぽかしたり、よく休むようになったり遂には無断欠勤をしたりします。
このように、暴言暴力や反社会的な行動が無くても、家族や周囲には十分に迷惑を掛けているのですが、当の本人は、自分がアルコール依存症であるとは認めません。
様々な問題を引き起こしているのですが、その問題をほっておけない、放置できない家族や職場の人々などの懸命なフォローや後始末のお陰で大事に至っていないだけなのに、本人にしてみればちょっと飲み過ぎただけ、続けて飲んでしまっただけで、結局、大きな問題にはなっていないし、自分の飲酒が悪いわけではない、と思ってしまっているのです。
ただ、職場の健康診断などで肝機能の数値やその他の検査の結果に異常が現れてくると、一時的に内科医の意見を聞いて数日お酒を抜いてみたり休肝日を設けてみたりする時期があります。そして、検査結果が落ち着いてくると、ほらもう大丈夫とばかりに飲酒が再開し元のアルコール問題の日々が繰り返されるのです。
家族や周囲の人々は当初、飲酒量を減らす、お酒を止めることを本人に諭し説得しようとしますが、幾ら説得や批難をしようともお酒を止めない本人に対して、次第に本人自身を責めるようになります。
「こんなに言ってもお酒が止められない、あなたは意志の弱い駄目な人間だ」
「他の人たちは適度に節度のある飲み方が出来るのに、節制出来ないあなたは他の人より劣っているし世間並ではない」
ですが、こういう忠告は結局、裏目に出てしまいます。
体の病気は解り易く、誰でも掛かりますからすぐに認めることは出来ます。しかし、意志が弱いとか世間並みでないと攻撃されると、それに反発しない人間はいないでしょう。これも、アルコール依存症者が自分の病気を認めない理由の一つです。
このような否認の壁を乗り越えることからアルコール依存症の治療は始まるのですが、アルコール依存症者本人と共に、家族も一緒にこの壁を乗り越える方法を考え、学んで行くことがアルコール治療の第一歩なのです。
当院では、ご家族向けのプログラムも行っています。アルコール問題にどう取り組めばいいのかわからない。アルコール依存症者本人をどう扱っていいのかわからない。どうすれば本人をアルコール治療に向かわせることが出来るのか。
まずはご家族、また周囲の方が当院にご相談に来られることをお待ちしております。また、家族の方が無理を押して本人を連れてきて、そこから治療を開始し断酒生活を送っている方も多くいますので、決して諦めないでください。
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