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院長からのメッセージ

第7回「二大薬物依存(アルコールとたばこ)の本質」

2018.6.1

 アルコール依存症者を抱える家族や職場などは、アルコール依存症者本人のみならず、そのアルコールに関わる問題は周囲の人々まで波及して行きます。

 アルコール依存症は、1935年にA.A.(Alcoholics Anonymous)が創設されるまで回復しない病気と思われてきました。それまでに、節酒にこだわった療法の歴史が約160年も続きましたが、これはことごとく失敗に終わっています。
 個人差にもよりますが、節酒が続いたかのように見えても、最終的にはまた、毎日の依存的な飲み方に帰ってしまいます。この試みは、以前、日本の国立病院でも行われたのですが、結果を見ると、そのほとんど全てが失敗に終わりました。

 A.A.の創設者の一人は、アルコール依存症の治療のため、ユングという世界的な心理士にわざわざアメリカからスイスまで数年間通っていましたが、これも失敗に終わったのです。この人は、自分のアルコール問題を認めていたからユングのもとで治療に努めたのです。しかし、問題を認めている人でさえ、回復には至りませんでした。

 A.A.は、ただ断酒するだけではなく、価値観を変える、生き方を変える、人生の幸福を断酒することによって追及する、と目標を設定しました。このような大きな目標に対してグループ全体が協力し合うことで、断酒し回復した人が急速に増加し発展しました。

 日本の断酒会もA.A.と同じように、人生の幸福を断酒によって勝ち取るという目標を設定しています。当然、その過程には様々な障害もありましたが、大きな目標に向かうとき人間は、日々のその人固有の問題も乗り越えられるものです。

 A.A.や断酒会が目標にしたものとは、日々の暮らしの中に喜びを見つけ出したり、一日飲まなかったことを感謝したり、飲酒時代には失っていた人間同士の信頼感を取り戻したりと、小さな喜びの積み重ねに一番の価値を置いたのです。

 アルコール依存症の回復を阻害するものに、まず、第一の否認があります。これは、自分にはアルコールの問題は無いとか、問題があってもたいしたことではなく周囲の人々が大げさに言っているだけだ、という思いです。そのために、どうしても節酒にこだわります。しかし、薬物依存の大きな特徴として、依存物質の適度な摂取はできないというものがあります。

 麻薬依存の人は、適度に麻薬を摂取することは不可能です。そのメカニズムについては別の機会に説明しますが、一般的な例としてタバコを挙げてみましょう。

 ヘビースモーカーの人は完全なニコチン依存と言えます。この状態になると、週2回禁煙日を設けたり、一日の本数を2~3本にしたり、週末だけ喫煙したりすることは不可能です。また、半年や1年禁煙しても1本吸い出すといつの間にか元の木阿弥になってしまうのもみなさんご存じのことでしょう。

 ですが、アルコール依存症者の場合は、週2回禁酒日を設けたり、一日の飲酒量を減らしたり、週末だけ飲酒したりすることにこだわる人が多いのです。しかし、ニコチン依存と同様、そんなことは不可能です。

 ニコチン依存と比較すると、アルコール依存もまったく同様のパターンなのです。しかも、アルコールが肉体に及ぼす害は、タバコの比ではなく大きいですし、その他、人間の存在全てを侵してしまいます。円満であった人間関係、安定していた心、リズム感にあふれた日常生活などは全て障害され、周囲からも阻害されるようになってしまいます。このようなアルコールに関連する障害は、また別の機会に詳しく説明します。

 ニコチンは、全世界的に禁煙の方向に向いていますが、アルコール飲料は世界的にも規制が緩く、特に日本では野放し状態になっています。

 例外のない規則はないと言われていますが、一つだけ例外があります。 それは、人間の人生は一回しかないということです。この一回切りの人生を、自分も、自分の大切な人々も、アルコールのために台無しにしてしまうのは大きな不幸と言えるでしょう。

 診察の場面では、自分の身体的、精神的な問題などの取り扱いぐらいしかできませんので、このような基本的なメッセージを伝えるのは難しいことです。そこで、当院で行っている各種のプログラムに参加し続けて行くことが、回復への一番の近道となります。みなさんも是非、各種のプログラムに参加するようにしてください。

 当初は、しばらく断酒すればまた飲酒しようとか、節酒しようとか思っている人でも、プログラムや断酒会、A.A.に参加しているうちに、断酒、つまり人生の回復を喜ぶようになるものです。

 よく聞かれる体験談は「もっと早く気付けばよかった」というものですが、これから人生を作っていく若い人も、人生の中核をなす年代の人も、役割を終え老後の人生を幸せに送りたい人も、どのタイミングであっても『断酒を始める』ということが一番大切です。



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