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アルコール症テキスト 質問と解答

【答え】
 <答10>その一  抗酒剤を「酒が飲めなくなるクスリ」と考えている人が多いよう ですが、これは誤りです。抗酒剤を服用後飲酒すると、人工的な二 日酔いの状態となり非常な苦しみを感じ、そのために飲酒を断念す るといったものです。
 だから、最初から酒をやめる気の無い人にとっては恐ろしいクス リであり、そのため何とか服用しなくてもよい口実を考え出すもの です。抗酒剤の副作用をおおげさに言い立てたり、服用した振りを して全然服用しなかった経験のある人もいるでしょう。また、家庭 内において、シアナマイドを水に入れ替えて、家族の前で服用して みせるなどということをする人も多いようです。このような人は、 もう一度最初からアルコール症の勉強をしてもらうしかありません。  また、完全断酒を決意しながらも抗酒剤を拒否する人も多いよう です。このような人はアルコール症の本質を少しばかり誤解してい ると思われます。抗酒剤を服用させられることに自尊心を傷つけら れる思いをし「見張られている」「自分の意志力を信用されていない」 「試されている」などと考えるようです。
 しかし、それは次の2点で誤っていると思います。

第1に、アルコール症は意志力の低下のため起こるのではなく、純 粋にアルコールに意志が働かない病気であるということです。
ここで大切なのは、アルコールのみ意志が働かないのであって、その 他のものにも意志がないなどとは言っていない点です。

第2に、抗酒剤を自ら進んで服用するという行為は、決してみなさ んが考えているような消極的な作業ではなく、むしろ非常に積極的な 行為なのです。酒をやめるということは酒を我慢するということです から、これを行動化することは困難です。ただひたすら耐えるという 我慢の断酒は長く続きません。それに反して、酒を止めるために抗酒 剤を服用するということは目に見える積極的な行動ですから実行が可 能です。
 また「抗酒剤を服用しないでも止める自信がある」と言われる人は、 次の点を考えてみてください。「今まで断酒できなかった、あるいは断 酒を続けることが出来なかったことをこれから始めようとするのに、 どこからその自信は生まれてくるのだろうか」という疑問です。  とにかく「一日断酒」という目標の積極的な行動、あるいは決意表 明として「毎日抗酒剤を服用する」ということは、いろいろな意味で 有効な手段であり大切なことです。

<答10>その2
 みなさん方はこれから断酒を実行されるわけです。そうすると、今 まで棚上げしておいた種々の問題に素面で直面しなければなりません。 そのストレスは、みなさんの予想をはるかに上回っています。一つ二 つのストレスに耐えることが出来ても、種々の悪条件が重なってきま すと、必ずまた病的な飲酒欲求が起こって来るものです。長い飲酒生 活の中で「ストレス=パニック=飲酒欲求=飲酒」という、条件反射 的な習慣が出来あがってしまっているからです。
 それに、飲酒欲求はいつ何時起こってくるか分かりません。よく人 は、危ない時だけ抗酒剤を服用すると言うものですが、どうしてその 日が安全な日か危険な日か判断できると言うのでしょうか。  たとえさわやかな朝を迎えたとしても、昼にイヤなことにでくわし 飲んでしまうかも知れないでしょう。
 そこで、抗酒剤を次のように考えてみてはどうでしょうか。抗酒剤 を社会復帰のための保険、例えば火災保険として考えてみて下さい。  もし火災保険が、毎日毎日掛けていく制度とするならばどうでしょ うか。今日は火事になりそうだ。あるいは雨だから火事にならないな どと判断して、危ない日だけ保険をかけるでしょうか。そんなことは 決してないと思います。やはり万が一に備えて毎日掛けておくでしょ う。1年365日のうち1回でも火事を起こしたらおしまいだからです。  再飲酒の危機は、一年のうちに繰り返し繰り返しやっきます。その 時、抗酒剤という保険が掛けてあれば何とかその危機を乗り越えられ るでしょう。とにかく、素面で危機を乗り越えていくということが大 切なのです。
 我々は、抗酒剤をいつまでも服用して下さいとは言っていません。 少なくとも断酒開始後、身体的、精神的な安定が得られるまで、約一 年ぐらいは断酒の危機に備えて毎日の服用を勧めているのです。

<答10>その三
 家族を中心とした周囲の人々は、みなさんの今までの飲酒生活の中 で味わった色々な苦しみを、なかなか忘れられないものです。そのた め、断酒を始めてもいつか飲まれるのではないかという不安が常につ きまとい、ついうアルコール症の本人を監視するような行動をとりが ちです。それがまた本人のいらだちを誘い、再飲酒の原因になること も多いようです。そこで、抗酒剤の効用として次の利点も考えられま す。
 まず第一に、抗酒剤を服用することにより、家族の「また飲酒され るのでは?」という不安がとり除かれ、安心するという点です。みな さんは長年アルコールのために家族を苦しめて来たわけですから、毎 日抗酒剤を服用して家族を安心させてあげてもよいのではないでしょ うか。
 抗酒剤服用の第二の利点は、そうして家族が安心することにより家 族の不安やイライラがなくなり、アルコール症者本人を監視するよう な態度も少なくなり、家庭内の摩擦も減少する点です。
 断酒を行動化するためにも、素面で種々の問題を乗り越えていくた めにも、繰り返し襲ってくる慢性の禁断症状出現時の病的な飲酒欲求 を抑えるためにも、当然抗酒剤は有効なクスリですが、それに加えて アルコール症本人の抗酒剤服用は、周囲の人々の何よりの精神安定剤 となるわけです。
 家族の精神状態が安定しますと、先程述べましたように当然本人の 精神状態にもよい影響を与え、今後の断酒継続の大きな力になるもの と思われます。
 我々は何も、一生抗酒剤を服用して下さいと言っているわけではあ りません。抗酒剤の力を借りてでも素面で過ごす一日一日を積み上げ、 少々のことでは動揺しなくなる本当の断酒安定の日が来るまでは、油 断を戒める意味で抗酒剤の毎日服用を提案しているわけです。
抗酒剤についてのまとめ
 シアナマイド、ノックビンなどの抗酒剤は、世間でよく言われてい るような「酒がきらいになる薬」ではありません。抗酒剤服用後にも し飲酒すると、人口の二日酔い状態となってしまい、その怖さのため 飲酒を思いとどまらせるといった薬です。
 次に、抗酒剤の効用をまとめます。
① 断酒後、いつ襲ってくるかわからない断酒の危機、病的飲酒欲求を乗り越えるために
  毎日服用すること。
  危険な時だけ抗酒剤を服用するという人がよくいますが、危険な日は予測できないのです。
② 抗酒剤服用は、目に見えて行動可能である。
  抗酒剤を飲むのは、すぐに実行できるのです。
  断酒のような行動不能なものを、行動可能なものに変えてそれを一つずつ実行していくのが
  断酒のコツです。
  そのために抗酒剤は大きな力となります。
③ 断酒後、数カ月後から繰り返し出現する慢性の禁断症状を乗り越える。
④ 抗酒剤を毎日服用することによって家族の安心が得られ、そのために無用の摩擦が避けられる。
  家族の安心が本人にまた心の安定を与える。
⑤ 自分をごまかさない習慣を作る。
  アルコール依存症にかかってしまっている事実を認め続け、その病気を治す「クスリ」として
  毎日抗酒剤を服用する。
⑥ 抗酒剤の力を借りてでも素面で過ごす日を一日でも多く積み重ね、その間に断酒会、
  AAなどに出席することによって断酒の動機をより強いものにしていく。


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